日系人のフィールド・オブ・ドリームス、野球施設等を「ノゾミ・パーク」と命名
以前、テレビ朝日の報道ステーション等でも「ゼニムラフィールド 日系人収容所のフィールドオブドリームス」として取り上げられたこともあるアリゾナ州収容所の野球施設。
日経新聞の記事によると、日系人の強制収容が始まった1942年から75年になるのを記念して、野球場3面とプールなどの現在の総合運動施設が「ノゾミ・パーク」と命名。収容所で許された野球が日系人の「望み」だったことにちなんだそうです。式典には、広島カープに在籍したこともある日系人の銭村健三さんも出席されました。健三さんのお父さんである健一郎さんがゼニムラフィールドを作った方。球場だけでなく、収容所にいる日系人で3部32チームもの野球チームを組織して日系人を盛り上げた。そのため、日系野球の父とも呼ばれています。
ベーブルースの左側にいるのが銭村健一郎さん
この健一郎さんの息子の健三さん、健四さんは戦後、広島カープに在籍。健三さんは1シーズンのみであったものの、健四さんはかなり活躍されたようです。カープファンながら、ほとんど知りませんでした。
日系人収容所のフィールド・オブ・ドリームス。ケビンコスナーが主演した映画「フィールドオブドリームス」はトウモロコシ畑の中に球場を作りましたが、ゼニムラフィールドは砂漠の中の球場でした。実はこの話も映画化されているのです。American Pastime「俺たちの星条旗」というアメリカ映画として。