日系 Nikkey パートナーズ

日系人、ボランティア、開発について、自分の勉強のためにも書いていきます。

『カブールの園』、マイノリティとしての日系人のアイデンティティ

宮内悠介の『カブールの園』を読みました。

子供の頃に受けた人種差別がトラウマとなっている日系三世のレイが主人公。かつて日系人が強制的に入れられたマンサナー収容所を訪問したのを機に、戦中・戦後の日系人の過酷な生活を知り、アメリカへの同化とそれにより歴史や言葉が消えていくことの苦悩を理解するプロセスの中で、母親との確執を乗り越え、日系人としての自分のアイデンティティを承認していく。今、まさに世界中が注目しているアメリカの移民問題にも関連する難しいテーマを扱った力作。ただ、ファイナル部分の解釈は少し悩みました。「ありうべき最良の精神」については読者に問いかけているのかもしれませんが、残念ながら、私自身はそれをはっきりととらえることができませんでした。

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物語の中には、米国日系人を伝える仕掛けやキーワードがいくつか出てきます。

1.映画「ベストキッド」のミヤギ

ノリユキ・パット・モリタが演じた空手の先生。モリタ氏は第二次大戦中、アリゾナのヒラリバー収容所で暮らした経験があります。この物語の中では、モリタ氏演じるミヤギ先生の演技を使って級友からイジメを受けるシーンが出てきます。

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2.マンザナー強制収容所

第二次世界大戦中に日系アメリカ人が収容された収容所のひとつ。日系アメリカ人が収容された10箇所の収容所の中で最も有名な場所。シエラネネバダ山脈の麓、モハベ砂漠やデスバレーの近くの過酷な自然環境にある。最大時には10,046名、総数では11,070名が収容されていた。収容所跡地は、現在では博物館等として当時の様子を知るための展示物や復元された建物などを見ることができます。

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Manzanar National Historic Site (U.S. National Park Service)

 

3.日系人の文芸誌「南加文藝」

「ディスカバーニッケイ」に詳しくまとめられている投稿があります。一部を紹介すると:

『南加文藝』はアメリカでもっとも長続きした日本語による文芸同人誌である。第二次大戦中、ヒラリヴァー強制収容所の『若人』に始まった帰米二世の文芸活動は、トゥーリレイク隔離収容所の『怒濤』、『鉄柵』を経て、戦後はニューヨークで『NY文藝』およびロサンゼルスで『南加文藝』となった。『南加文藝』は『NY文藝』が終わったあとも続き、1986年の『南加文芸特別号』の出版で20年の歴史に幕を下ろした。『南加文藝』は戦争の中で芽ぶいた帰米二世文学が木となって咲かせた花ともいうべきものである。

www.discovernikkei.org

 

4.野本一平の文学評論「伝承のない文芸」

これについても情報が多くないので、「ディスカバーニッケイ」の記事の一部を紹介させていただきます。

 野本一平は本名乗元恵三、1932年岩手県に生まれた。龍谷大学文学部を卒業後、東京で教師をした後、1962年に渡米。西本願寺の開教使として長年フレズノ別院の輪番をつとめ、のちに『北米毎日新聞』社社長となった。野本は多彩な人で、僧職のかたわら日系新聞のコラムにエッセイを書いている。『南加文藝』の同人になった当初は小説を書いており、「蓋棺の記」(第5号)、「白い舟」(第8号)、以下「回帰」(第12号)までの6篇の小説が収められている。しかし野本をもっとも有名にしたのは、文学評論「伝承のない文芸」(第18号)であろう。アメリカにおいて日本語で創作することには、それを子孫に読んでもらえないという寂しさがつきまとう。日系日本語文学は「伝承のない文芸」であるという野本のこの文学論は、日系文学を論じるときにいつも引用される重要な一節になった。彼は意見の相違からか、これを最後に同人を去った

 

5.『鉄柵」加川文一          

『鉄柵』はツールレーク収容所で加川文一のもとに集まった山城正雄などの若者が作った雑誌。収容所に張り巡らされた鉄条網の柵から名づけられた。

『鉄柵」加川文一 

柵をいづる日は
たぢろがざる汝のうちにあり
その日きたるまで
空虚なることばを吐きて
また己を吐きすつることなかれ
戦ひは大いにしてかぎりなければ
かぎりなきたたかひのうちに
汝の敵を見失ふことなかれ
汝をも失ふことなかれ

 

『鉄柵(二)』 加川文一         

たれにゆだねんゆめにしあらず
ひと日ひと日をおのれのものとはせよ
生くる日のあかしを身もて彫り
しばしもまたうまざる
そのいとなみのなかに
まことのおのれはあり
道をあやまたざりし日のこころを
いま再びあたためよ
おのれの胸にいれよ

 

6.最後に

「~外部からとやかくいうことは簡単だ。でも一つ確実にいえることがある。マイノリティがどう生きるかは、当の本人が決めることだ。」『カブールの園』より

 

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