読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日系 Nikkey パートナーズ

日系人、ボランティア、開発について、自分の勉強のためにも書いていきます。

古くて意外と新しい歴史、日系人について海外移住資料館で学べます。3階のカフェテリアも穴場。

ブラジルのリオ・オリンピックでは現地で日本選手団をサポートした日系社会、またトランプの反移民政策や大統領令では日系人の強制移住が注目されました。

日本ではデカセギの日系人のイメージもあるかもしれませんが、日系人の歴史について知っている人は少ないと思います。

日本の海外移住が本格的に始まったのが明治元年(1868年)と言われていますので、来年で150年。古い話というわけではなく、比較的新しい歴史と言えます。

その日系人の歴史が学べる場所として、日本には横浜の「海外移住資料館」や神戸の「海外移住と文化の交流センター」などがあります。移住者の多い広島は「デジタル移民博物館」を設置しています。

そのうち、横浜の「海外移住資料館」を紹介させていただきます。(先週も「よこはま国際フォーラム」に参加した際に訪問させて頂きました。)

f:id:ohatyuu:20170211090406p:plain

www.jomm.jp

資料館は2002年に開設、JICA横浜と同じ建物内にあります。入口正面では、野菜の山車(Vegetable float)が出迎え。1920年のアメリカ・ポートランド市のお祭りに参加したもののレプリカです。移住先では日系人の多くが農業に従事しており、ポートランドでも日系人自らが育てた野菜類を飾り付けたもので、お祭りで一等を受賞したとのこと。当時のアメリカは排日感情が強い時代であったようですが(1924年には移民法、いわゆる排日移民法が制定)、その中でも日系人の勤労と生産物の品質が評価されていた証ともいえます。

f:id:ohatyuu:20170211085516p:plain

館内の展示は、常設展示と企画展示があり、常設展示では、(1)「海外移住の歴史」、(2)「われら新世界に参加す」、(3)「デジタル移住スペース」、(4)「ニッケイ・ライフ・ヒストリー」、(5)「日本の中のニッケイ世界の中のニッケイ」に区分されて展示されています。また、様々な企画展示が催されており、現在は「ハワイの日系人のまつり -お正月とボンダンス-」 が今週末まで開催中です。

常設展示にある「われら新世界に参加す」というフレーズですが、この移住資料館を監修した梅棹忠夫氏(元国立民族学博物館・館長)の言葉です。1978年にブラジル日本人移住70周年を記念した国際シンポジウムで、梅棹氏は基調講演を行いましたが、そのタイトルが「われら新世界に参加す」でした。梅棹氏は、鎖国で海外への進出が遅れていた日本が明治維新後に海外に進出していき、特にブラジルなどで新文明形成の形成に参加して貢献したとして、以下の通り述べています。

「一人ひとりの人間がどこから来たのか、その出自のいかんを問わず、そこで働く者はすべて、新文明への参加者として受け入れられた。日本人は、この国において新文明の形成に参加した。ヨーロッパ各地から新世界に移住してきた人たち、ポルトガル、スペイン、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアからやってきた人たちは、新世界の各地において、新しい文明の形成に、それぞれ役割を果たした。それらの人々と並んで、日本からの移住者達も新文明の形成に参加した。お客でもなければ、割り込んできた侵入者でもない。参加者である。これが日本人移住者というものの文明史的意味である。日本人は、まさに新文明形成の参加者であった。」


「われら新世界へ参加す」という言葉は、日系人が日本のグローバル化の先駆けであったこと、また日系人こそが、今でいう「グローバル人材」であったことを示しているんですね。

http://www.jomm.jp/newsletter/pdf/dayori10nen.pdf

この移住資料館は、横浜赤レンガ倉庫の向かいに位置し、入館料は無料。同じ館内にある3階のカフェテリアでは世界の料理が格安で頂けるとともに、ベイブリッジや大桟橋に停泊する客船など、素晴らしい景色も楽しめます。

f:id:ohatyuu:20170211085755p:plain